会話がなくても相手の思っていることがわかるという時代ではなくなった

根本的な話、なぜ、聞く力がいるのか。
もう、今の日本では、
「話を聞かなくても、相手の思っている事は、分かる。」
なんて時代ではなくなりました。

すごく、昔に話はさかのぼりますが、日本がまだ、発展の一途をたどるような時代だったころは、話を聞かなくても分かる時代だったんです。
それは、同じような場所で、同じような教育を受けて、同じような家庭で育つ。
そして、家の中には、何世代もの人たちが、同じようにして、生活をしていたわけです。

だから、自然と何か問題が起きれば、上の世代が、その解決法を教える事ができた。
良く言えば、解決法を伝授していたわけです。
悪く言えば、型に、はめていたわけです。
そして、型から外れる事は、許されなかったわけです。
そうやって、日本の伝統的な考え方は、引き継がれてきました。

だから、ある程度の同じ経験を保つ事ができていたわけです。そうすると、自分がこう感じているから、こうすれば良いだろう。
この予想は大体、相手側にも当てはまる状態になります。
そういった事が、日本独特の“察する文化”になりますし、それが通用していたわけですね。
それに、通用するような環境だったのです。
色々な文化が、いり混じっている状態ではなかったから、できた文化と考えられます。

しかし、今、状態はそうではありません。
もう、日本は鎖国のような状態ではありませんし、今後さらに、国際化されていきます。
この流れが逆流する事は、ないでしょう。
現実をちゃんと見れば、外国人が続々と、日本に入ってきています。

実際に、女性の友人で、子供がいる人の話ですと、小学校ぐらいになってくると、学年に何人かは、外国人の夫婦の子供がいるのが、どの学校でも普通になってきているそうです。
つまり。何が言いたいのか。

つまり、今後、日本の文化は、変わり続ける。色々な考えや、色々な文化が日本に入ってきて、今までの日本の文化は、大きく変わる。
まあ。もう、こんな事を、私が言わなくても、十分に変わり続けています。

「話を聞かなくても、相手の思っている事は、分かる。」
日本のこの文化は、幻になっていきます。
あなたも聞いた事があると思うのですが、年配の人が、
「今の若い人は。」
と言う、あのセリフ。
これは、仕方ないんです。

年々、文化が変わってくるので、年配の人たちが生きている時代とは、伝わる度合いが、全然変わっているのです。
年配の人達の時代には、そんなに多くの文化が、いり混じっていなかったから、一つの思想が通用しやすいだけだった。と考える事ができます。

もちろん、これは、年配の人たちに起っている老化現象も、大きく関わってきているわけです。
老化は、イコール、柔軟性の欠如ですから、起きている物事を、柔軟に考える事ができなくなるから、自分の考えに固執した結果として、出る言葉だとも、考える事ができます。

が。
やはり、こういった変化の影響は、大きいなと思います。
これは、仕方がない事で、外国人同士の夫婦の元に生まれた子供が、日本の文化を理解できません。
だから、察する事なんてできません。
そういった外国人家庭は、その国の文化のやり方でやってきます。それが、自然だと思っているからです。

普通は、自分の育った環境の文化を否定はしませんし、それを改善して、日本の文化に馴染み切るというのも、簡単にできる事ではありません。
理由は、それだけではありません。
今、同じ場所で、一生を過ごす人は少なくなってきました。つまり、転校する事が、多くなってきているわけです。

そうすると、同じ場所で、同じように育って。同じような教育をされて、といった前提が無くなってきます。
さまざまな場所に移り住んで、少し違った文化の場所を渡り歩いて、少し違った教育を、複数受ける。
そうすると、あまり共通性が無くなります。

同じ日本でも、実際に色々と旅をすると、分かる事なのですが、県民性がかなり違います。
同じ国内ですら、かなりの違いがあるのですから、これが国際化されたら、もう、簡単に理解できると思っている事に、無理がある状態になります。

極端に言えば。
北海道の人と、九州の人は、接してみると性質が、大きく違います。
仮に、そういった環境で育った人達が、大人になって、東京で出会った。
そうすれば、そこに、
「話を聞かなくても、相手の思っている事は、分かる。」
それが通じないであろう事は、容易に想像がつくと思います。

では、どうするの。
となると、理解できるように、話を聞き、そういった中で、関係を深めていき、相手の考えている事を理解していくしかありません。
しかも、この傾向は、今後、さらに強くなっていきますから、聞くことが、自分に十分に習慣づいていないと、お互いに理解し合える事はないし、摩擦につながり易くなります。

選択の幅なども広がって、昔よりも、自由になっている反面、何をしたらよいかの選択なども、全部自分でする必要があるようになってきています。
自分で選択ができないというのは、もちろん、不自由な面もありますけど、それしかないという面から見ると、集中できたり、余計な事を考えないで済むという、面もあるわけなんですね。

誰も何も言ってくれない。
押し付けてくれないのは、自分で次々に決定していく事ができる人には、良いですが。
自分で決定していく事ができない人は、取り残されていきます。そして、何をしたらよいのか、途方にくれるようになります。

学生が終わったら、すぐに働かなくてならない。
ならば、選択するべきは、とりあえず働く事。
でも、今は、別に緊急を要する程、働く事が必要でもない人は多くなっていて。
フリーターという名の元で、自分探しの旅ができたりします。でも、この自分探しの旅と言ってみても、実際に、自分が何をしたいかは、見つかりません。
ただ漠然としていても、見つかる事はなくて、人と出会い、その出会った人と、関係を深めたり、多くの話をする事ができるから、自分を理解していったりします。

でも、この項目で、お話してきた通り、今は、分かり合ったりする事が、かなり難しい環境になってきています。
そういった状態で、出会った人と、分かりあうためには、まずは、自分から、話をする事よりも、まずは、安心して、相手側に話をしてもらえるような状態を作れる必要があるわけです。

この点は、あなたが想像をしてみると分かると思うのですが、面白い話を、一杯できる人よりも、あなたの話を熱心に聞いてくれて、この人は、俺の事を否定しないだろうな。
そう感じる事ができる人の方が、比較するまでもなく、信頼できると思うんです。安心して、接する事ができると思うのです。


自分の感覚として、自分に聞いてみて、確認をしてみてください。想像をしてみてください。そうすれば、答えが分かると思います。
相手側から信頼してもらう事ができると、相手もこちらの話に興味を持ちます。
私達は、話を一杯できる人だからといって、信頼はしません。面白い人だとは思いますけど、この人には、何でも話ができる。
とか、この人に、もっと自分を知って欲しいとは、思わないものなんです。

自分の話を聞いてくれる人。
集中して、邪魔をする事なく、自分の内側にあるものを、スムーズに話をさせてくれる人に、信頼の心を持つものです。
そうやって、信頼を構築すると、本当に、お互いに安心して話ができる関係が作れるわけです。

そういった信頼がある状態で、話がお互いにできると、そこから、自分の中の感情を理解できたりといったように、自分自身への理解に、つながるような事があったりするのです。
話を一杯できれば、仲が良くなれる。
そう思っていると、そこは、思っているように、仲が良くなれないのです。
順序が、少々違うのです。

話を聞くことができるから、⇒ 信頼関係ができる。
信頼関係ができるから、⇒ 自分の話も親身になってもらえる。

この順序が大切だと思っています。

女性と、関わっていると、軸が無いというか、不安定というか、誰かに頼りたいと思っているような状態の女性と、遭遇します。
しかも、そういった状態にある女性は、多いものです。
一つの原因としては、先ほどもお話した通りに、あまりに選択肢が多すぎる、自由が多すぎる。
こういった事が、あげられると思います。

そして、自由になる時間が多すぎる。
社会に出るまでの時間も、かなり多い。
なんならば、社会に出ないで、社会に出るための準備期間などを設ける。そして、その準備期間から抜ける事ができなくなる。
このような状態にはまっている女性も多くいます。

こういった状態になっている女性に見られる傾向は、どんなものなのか。
自分が、何をしたいのか。
自分は、何をするべきなのか。
こういった点が、かなり不明瞭に感じるようになって、自分の必要性すら、良く分からなくなっている。
だから、漠然とした、何かしらの不安定さを感じたりしているわけです。そこで、頼りにできる、そんな存在の男性が欲しいと思っている。

これが、今まで、多くの女性と関わってきて、私が感じた事の一つです。
では、どういった男性を求めているかと言うと、自分を受け止めてくれる男性になってきます。

では、どういった男性が、受け止めてくれる男性だと女性は、感じ取るのか。
それを、考えていき、女性側の反応などを見ていると、このサイトで、テーマとしているような態度で、話を聞く事が出来る男性を、多くの女性は、求めているという事が分かってきたのです。

だから、このサイトの必要性を、強く感じていますし、このサイトを作り、そして、多くの男性に読んでもらう事は、急務だと思ったのです。
そんなわけで、このサイトは、かなり集中して、作成しました。
そういった理由があり。
今後、さらに必要となる、必要とされているのが、このサイトでのテーマだと考えています。

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